FUN'S PROJECT INTERVIEW
FUN'S PROJECT INTERVIEWではクリエイターの方々に独自インタビューを行い、未来のクリエイターの指針になるべく創作の原点や作品への思いを熱く語っていただきます。
#009 イラストレーター イリヤ・クブシノブさん2020.03.12
努力と出会いが今をかたち作る
展示されたイラストレーション作品の数、400点以上! 2019年11月15日から12月1日にかけて、3331 Arts Chiyodaにて開催されたイリヤ・クブシノブの個展『VIVID』は、大盛況のうちに幕を閉じた。 最近ではアニメ『攻殻機動隊 SAC_2045』のキャラクターデザインを務めるなど、とどまるところを知らない人気のイラストレーターに、今回の個展で印象深かった話やものづくりに対する熱い想いなどをうかがった。
(取材・文:島田一志)
まずは個展『VIVID』の成功、おめでとうございます。このインタビューでは今回の個展について振り返っていただきたいと思っていますが、その前に、この記事を読んで、はじめてイリヤ・クブシノブという存在に興味を持った方に、イリヤさんがどういう経歴の持ち主か、お話しいただけますか。
はい、では駆け足で(笑)。私はロシアの田舎に生まれました。両親がともに美術学校を卒業していたので、その影響もあって物心がついた頃には絵を描くことが好きになっていました。7歳の頃から先生について絵を習い、11歳から17歳まではアート学院で美術全般を、大学時代には建築を学びました。大学では建築の勉強だけでなく、デッサンや彫刻の授業もあり、子供の頃からずっと絵を描くことが生活の中心となっていました。
大学時代のイリヤさんは、画家やイラストレーターでなく建築家志望だったということですか。
絵を描く仕事に憧れてはいましたが、当時のロシアでは「絵描き」として食べていくのは難しかったので、仕事の中で絵を描いたり物を作ったりできるものを自分なりに探していたんです。家というものは、いつの時代でもみんなが必要とするものですからね。建築業界だったらきっとどこかにいい就職先があるだろうと。
ただ、私はあまり数学が得意じゃないんですよ(笑)。建物の絵を描くのは好きなんですけど、数式を書く部分ではだいぶ苦労しましたね。そういうこともあり、結果的に最初に就職したのは建築の会社ではなくてゲームの会社でした。そこでしばらく働いたあと、モーションコミックを作っている会社に転職しました。
日本のアニメ、漫画、ゲームとの出会い
そのモーションコミックの制作会社で演出の仕事をしていた際、イリヤさんは絵コンテを描く喜びに目覚めたそうですね。
ええ。こんな楽しいことがあるのか!って(笑)。ちなみに私は絵だけでなく、4歳の頃から小説など物語のある本を読むのも大好きで、将来は小説家になりたいとさえ思っていました。ただ成長していくにつれ、それは夢で終わるかなとだんだん諦めていたんですが、大学時代に日本の漫画やアニメ、ゲームを大量に見て、少し考え方が変わりました。「こういう物語の世界だったら自分でも作れるかもしれない、いや、作りたい!」と思うようになったんです。モーションコミックの演出はそれに近い仕事だったので、楽しかったです。
あとは、自宅で毎晩、自由時間を作って、筋肉の動きや日本のアニメ風のキャラの描き方などを独学で勉強するようになりました。「いつか日本に行くんだ!」と思いながら、最初の2時間は本を読んで研究し、そのあとの2時間は絵を描くという生活をしばらく続けました。ちなみに生まれて初めて衝撃を受けた日本のアニメは、6歳の時に偶然テレビで観た『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』でした。それまでは『トムとジェリー』みたいな、子供向けのアニメしか知らなかったので、かなりのカルチャーショックでした(笑)。
イリヤさんが大学時代にたくさんご覧になったという日本の作品で、具体的に印象深かったものを教えてください。
『すばらしきこのせかい』というゲームと、冬目景さんの漫画『イエスタデイをうたって』です。この2作品はクリエイターとして影響を受けたという以前に、当時かなり精神的にふさぎ込んでいた私の心を救ってくれた作品なんです。それである時、「私みたいな憂鬱になっている他の国の人間の心まで明るくしてくれるなんて、日本のエンターテインメント作品はなんてすごいんだ!」ということに気づきました。自分でもそういう作品を作りたい、それにはやっぱり日本に行くしかない!と。
とはいえ、コネもツテもなく、知らない国にいきなり行く、というのは不安ではなかったですか。
不安よりも情熱のほうが強かったです。幸か不幸か、あるときモーションコミックの会社ではこれ以上作品を作ることができないという状況になってしまい、自分の将来を改めて考えることにもなりました。とはいえ具体的にどうしたらいいかはわからない。それでも、ネットでイラストを毎日アップすることだけは続けていました。
そんなとき、渋谷の街を描いた絵をアップしたら、ひとりのロシア人からリアクションがあったんです。メッセージに「これは私の仕事場の近くですね」って書かれていて、それはどういうことなんだろうと思って訊いてみたら、日本在住のロシア人の方でした。
それがきっかけで、その方と何回かDMでやり取りさせていただいたんですけど、「いきなり日本で就職するのは難しいだろうから、とりあえず日本語学校に通うのがいいよ」っていうアドバイスをもらって。たしかに日本で仕事をするなら言葉は絶対に覚えないといけないし、いいきっかけだなと感じ、少しお金をためて、日本に行く決意をしたんです。あまり後のことは考えていませんでした(笑)。ちなみにその間も毎日絵はアップしていて、日本に来た当初、Instagramのフォロワー数は3万人を越えていました。
人と人の出会いが新しい作品を生んでいく
プロになるためのアピールとして、イラストを毎日アップするというのは、イリヤさんにとって理想的な作品の発表のかたちでしたか。
そうですね。毎日仕事が終わったあとで絵を最低でも1枚は描く、というノルマはきつくもあるんですけど、それくらいしないと誰も自分の存在に気づいてはくれないと思ったんですよ。2時間と時間を決めて、この時間で一番良いクオリティのものを作れるようにしようと思いながら描いてきました。そして、アップし続けることが私は効果的だと思っています。実際、ネットで私の絵を見てくださった出版社、パイ インターナショナルの編集さんが声をかけてくださり、その出会いが初の画集『MOMENTARY』の刊行につながりましたし。
イリヤさんは人との出会いにも恵まれていらっしゃいますよね。もちろん、それは日々がんばって絵の実力を高め、作品を連続して発表している地道な努力あってのことだとは思いますが。
自分ががんばるだけでは、今のような仕事をさせていただくことは絶対できていなかったと思います。いつも良いタイミングで誰かが現れて、私を次のステージへと引っ張り上げてくれるんです。たとえば、画集を見た原恵一監督がアニメ映画『バースデー・ワンダーランド』のキャラクターデザインをやらないかと声をかけてくださったり。これは奇跡だったと思いますね。
すべての経験が「物語を作ること」につながる
そして、アニメ関係の仕事ではついに、6歳の頃に衝撃を受けたという『攻殻機動隊』の新シリーズ(『攻殻機動隊 SAC_2045』)のキャラクターデザインの仕事も任されることになりましたね。
6歳の自分に聞かせてあげたい夢のような話です。原監督からアニメ制作会社であるProduction I.Gの石川(光久)さんを紹介してもらいました。ここでもまた私は人との出会いに助けられたわけですが、それ以前に「『攻殻機動隊』が好きだ、好きだ!」と日本に来てからずっと言いつづけてきた甲斐があったともいえますね(笑)。
やはりアピールすることは大事だなと。『バースデー・ワンダーランド』も、自分から原監督に「キャラクターデザインだけでなく、他のデザインもやらせてください」と設定画を描いて提案したから、世界観全体のデザインや総作画監督のような仕事も任せてもらえたわけですし。
実は将来的に長編アニメの監督をやりたい思いがあるんです。ちょっと前までは「監督になりたい!」といっても、みんな話半分に聞いてただけなんですが、最近では真剣に耳を傾けてもらえているような気がします。
アニメの監督になりたいということは、本質的にイリヤさんは4歳の頃から変わらず、いまでも「物語を作る人」になりたいんですね。
そうですね。もちろんイラストも自分にとって大切な表現のひとつではありますが、本当にやりたいことは物語を作ることなんです。もともと憧れていたのは小説家ですし、絵を動かして物語を伝えるアニメーションの監督というのは、デッサン、建築、ゲーム、モーションコミック、イラストと、これまで私が勉強や経験してきたものすべてを活かせる表現だと思うんです。
個展『VIVID』の思い出
ここからは個展『VIVID』についてうかがいたいと思います。会場の広さ的にも作品の展示数的にもかなり大規模な個展でしたが、最初にこの企画のお話を聞いたとき、どういう感想を持たれましたか。
会場になった3331 Arts Chiyodaには何度か他のアーティストの個展を見に行ったことがあったのですが、自分があの場所で個展を開けるなんて思いもしませんでした。なので単純に驚きましたし、それと同時にとても嬉しかったです。毎日SNSで絵を発表してきたのが報われたような気もしましたね。
会場では日本に来てからの5年分の作品と、一部ロシア時代の習作などが展示されていましたが、それらが壁に一挙に並んだ様子を見てどう感じましたか。
いっぱい描いたなあって(笑)。近年の作品はデジタルイラストが多く、ああいうふうにずらりとプリントした状態で並べたことはありませんでしたから、自分でもその数に驚きました。
会場でお客さんが作品を見ている様子を実際に目にして、どういう感想を持たれましたか。
新鮮でした。ネット上でも多少のお話はできますけど、やはり実際に相手の顔を見ながら感想を聞けるのは嬉しかったし、励みにもなりました。「(個展の)どこが面白かった?」って聞いたら、だいたい皆さん、私のワークスペースの再現か、学生時代に描いた習作が面白かったといってくださって。
昔の絵については、単に珍しかったというのもあると思いますね。
そうでしょうね。それと、私がアカデミックなデッサンの勉強をしてきたというのをほとんどの方がご存じなくて、そのことにまず驚かれた部分もあったみたいです。たとえば13歳の頃の絵など、私としては恥ずかしくて本当は見せたくなかったんですけど、それでも多くの人が喜んでくれましたので、捨てずにとっておいてよかったなと(笑)。いずれにせよ、10代の頃に毎日デッサンの練習をしていなければ、いまの自分はないと思っています。
ライブドローイングとコラボイラスト
個展開催中に行われたライブドローイングも話題になりましたが、初めての経験でしたか?
いえ、ライブドローイングはこれまでワークショップなどで2度ほど経験がありましたが、何度やっても緊張しますね(笑)。でも見てくれる人たちは私を応援してくれてる方々なわけですから、緊張と同じくらい安心もしています。
また、今回は描きながら自分のプレイリストに入っている好きな音楽を流してみたんですけど、それも会場のいい雰囲気作りになった気がします。描いたのはなんだかんだで1時間ほどでしたが、みなさんの貴重な時間をいただく分、それに応えられるようなパフォーマンスをしたいと心がけながら描きました。
また、個展会場でしか見られない作品のひとつとして、文化放送のラジオ番組『本渡楓・楠木ともりのFUN’S PROJECT LAB』とのコラボ企画で、パーソナリティのおふたりを描いた絵も展示されていましたね。実在の人物をモデルにして絵を描くことはありますか。
結構あります。たとえば、SNS用にプライベートで描いている絵は街を歩いている人をモデルにすることが少なくないですし、仕事でも、『バースデー・ワンダーランド』のときに松岡茉優さん(主人公のアカネ役)を描かせていただいたりも。ちなみにこのコラボイラストのおふたりは似てますか?
ええ、似てるだけでなく、ちゃんとイリヤさんのキャラになっているのがすごいと思います。
そういっていただけるとうれしい。実はデッサンの練習を専門的にやってきた私にとって、写実的に似せるのはさほど難しいことではないんです。それよりもむしろ実在の人物をアニメのキャラみたいに描くことのほうが難しいし、描きがいもあるんです。
ちなみに同じ表現活動として、イラストやアニメの制作と個展の開催はどういう違いがありますか。
まず1枚のイラストには高さと広さしかない。アニメや映画には、高さ、広さ、時間、音がある。そして個展にはそれに加えて、リアルな「場」があるという感じでしょうか。しかも自分がその「場」の中に入れるし、お客さんも入ってこられる。これはよくよく考えたらかなりすごいことですよね。
なぜなら「作品」と「作者」と「お客さん」という3つが揃ってひとつの「世界」になるわけですから。音楽のコンサート会場にも近いものがあるかと思います。個展というものは、作者が一方的に作品を発表するだけじゃないというところにいちばん惹かれます。何よりもお客さんと一緒に作り上げるというのがいいところだと思います。
ファンのみなさんへ
さて、いまなおいろいろと仕事の幅を広げられているイリヤさんですが、これからやりたいことを教えてください。
デジタルツールもどんどん進化していますし、3DやVRのような新しい「見せ方」も充実してきて、今後はいま以上にエンターテインメント作品を伝える手段が増えていくことでしょう。先ほど個展会場には実際に人が入っていける面白さがあるというようなことをいいましたが、もしかしたら3DやVRがさらに進化した近い将来には、アニメやゲームの世界にも同じような感覚で観客が入っていけるようになるかもしれない。できればそういう時代に立ち合って、自分でもそんな作品を作りたいと思いますね。
一方、自分の中で変わらない部分もあって。それは主に作品の内容面についてなのですが、イラストでもアニメでも、私の作品を見てくれた人が少しでも元気になれるようなものを作っていきたいです。より具体的にいえば、どこかに自分のことが嫌いな人がいたとしたら、自分のことを好きになってもらいたいんです。あなたが思っているよりもあなたは悪い存在じゃないですよという。そのメッセージが伝わるのは、100人見てくれた人の中のひとりだけでもいいんです。でもそれを繰り返せば、ひとりがふたりに、ふたりが10人になっていく。そのためにはもっともっと多くの人に作品を届けなければいけないと思っています。
それでは最後に、ファンの方々にひと言お願いします。
ひと言でいえば感謝の気持ちしかありません。みなさんがいなければ、私はいま日本でイラストを描いて生活できていませんし、憧れだったアニメの仕事も、個展の開催もなかったと思います。何もかもが、日々私を支えてくださっているファンのみなさんのおかげです。
だから私がアーティストとして自分を誇りに思える部分があるとすれば、それは、こんな自分でも多くの人たちが応援してくれているという、ただその1点に尽きるといっていいくらいなんです。次に個展を開けるのはいつになるかわかりませんが、またどこかの会場でみなさんとお会いできるのを楽しみにしています。